米津玄師「Plazma」歌詞の深い意味を解釈する。宇宙の彼方へ飛び出すほどの衝撃的な愛の始まり、その痛みに君は気づいていただろうか。

歌詞分析

こんにちは!今回は、米津玄師さんの楽曲「Plazma」の歌詞を解釈していきます。「もしも」から始まるこの歌が描く、運命的な出会いの衝撃を一緒に紐解いていきましょう。

 

今回の謎

 

この楽曲には、聴く者の心を掴んで離さない、いくつかの謎が隠されています。

  1. タイトルにもなっている、衝撃的な出会いを表す「プラズマ」とは、具体的に何を象徴しているのでしょうか?

  2. 「プラズマ」が駆け抜けた後、なぜ主人公は「痣も傷も知らずに」「痛みにすら気づかずに」いたのでしょうか?

  3. 歌詞で何度も繰り返される「もしも」という仮定は、出会ってしまったことへの後悔の念を示しているのでしょうか、それとも、出会えたことへの運命の肯定なのでしょうか?

これらの謎を解き明かしながら、歌詞の深層に迫っていきます。

 

歌詞全体のストーリー要約

この楽曲は、退屈で閉塞感のある日常を送っていた主人公が、ある運命的な出会いを経て、世界が色鮮やかに変わる瞬間を描いています。それはまさに「プラズマ」のような強烈な衝撃であり、痛みすら忘れるほどの体験でした。そして、その出会いが「愛」であったと自覚した主人公は、遥か遠くの「君」を目指し、未来へと飛び出していくのです。

 

登場人物と、それぞれの行動

 

  • :退屈な日常にどこか息苦しさを感じていた主人公。あり得たかもしれない別の人生を想像しつつも、「君」との出会いによって人生が劇的に変わる。

  • :「僕」の世界に突然現れ、その日常を一変させる衝撃的な存在。「僕」に愛を自覚させ、未来へ進む原動力を与える。

 

歌詞の解釈

 

それでは、歌詞を詳しく見ていきましょう。

 

「もしも」から始まる、運命への問いかけ

 

物語は、非常に印象的な問いかけから始まります。もしもあの改札の前で君と出会わずに通り過ぎていたら、君の顔も知らないまま、幸せに生きていたのだろうか、と。

これは、一見すると後悔の念のようにも聞こえます。君と出会ってしまったことで、平穏だったはずの人生が乱され、知るはずのなかった感情に苛まれている。そんなニュアンスさえ感じさせます。

しかし、これは本当に後悔なのでしょうか。僕は、むしろこれは壮大な物語の始まりを告げる、運命への挑戦状なのだと感じます。この問いかけがあるからこそ、「君」との出会いがどれほど主人公の人生にとって根源的な出来事だったのかが、逆説的に浮かび上がってくるのです。

続くAメロでは、主人公が感じていたであろう日常の閉塞感が描かれます。学校の裏門を抜け出すという小さな逸脱。もしそれをしなければ、星の輝きに気づくこともなく、ただ靴が汚れるだけの毎日だったかもしれない。寝転がった無機質なリノリウムの床、逆立ちをして擦りむいた両手。ここには、退屈な日常の中でのもがきや、出口のない焦燥感がリアルに描写されています。

「ここも銀河の果てだと知って 眩暈がした夜明け前」。自分のいる場所が、広大な宇宙の中のちっぽけな辺境であるという認識。それは、自分の存在の小ささや孤独感を突きつけられるような感覚であり、同時に、このちっぽけな場所から抜け出したいという強い渇望の表れでもあるのではないでしょうか。

 

光を求め、世界が色づく瞬間

 

そんな閉塞感の中で、主人公の魂は叫びます。「聞こえて 答えて 届いて欲しくて 光って 光って 光って叫んだ」。誰にともなく、しかし切実に、何かとの繋がりを、自分を照らし出す光を求めている。この叫びは、まるで暗闇の中で必死に手を伸ばすような、痛々しいほどの純粋さを感じさせます。

そして、その叫びに応えるかのように、決定的な瞬間が訪れます。金網を越えて転がり落ちたその刹那、世界が色づいていく。

この「金網」は、彼を閉じ込めていた日常や、社会のルール、あるいは彼自身の内なる壁の象徴でしょう。それを物理的に「越えて転がり落ちた」という行為は、これまでの自分を捨て、新しい世界へ飛び込むという決意の表れです。その痛みやリスクを伴う跳躍の瞬間に、モノクロだった世界は鮮やかな色彩を放ち始めるのです。

この劇的な変化は、まるでBE:FIRSTの「夢中」で描かれるような、恋に落ちた瞬間の抗えない衝動と、世界が輝き出す感覚にとてもよく似ていますね。

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衝撃の正体「プラズマ」(謎1への答え)

 

そしてサビで、その世界の色彩の正体が明かされます。

「飛び出していけ宇宙の彼方 目の前をぶち抜くプラズマ」。

ここでついに、タイトルにもなっているキーワード「プラズマ」が登場します。プラズマとは、固体・液体・気体に続く物質の第4の状態であり、超高温で原子が電子とイオンに分かれた状態。雷やオーロラ、そして恒星の中心部を構成する、強大なエネルギーを持つ存在です。

この科学的な用語を、米津玄師さんは「君」との出会いの衝撃を表現するために用いました。それは、ただの「好き」という感情では言い表せない、もっと根源的で、理屈を超えた、人生の根幹を揺るがすほどの出来事だったのでしょう。目の前を、いや、自分の存在そのものを「ぶち抜く」ほどのエネルギー。それはもはや、個人の意思ではどうにもならない、宇宙的な現象に近いものだったのです。

主人公は、その圧倒的な光景に、ただひたすら見蕩れていた、と歌います。あまりの衝撃に、そこにどんな危険や痛みがあったとしても、気づくことさえできなかった。これが、謎2の答えに繋がっていきます。

 

繰り返される「もしも」と、運命の肯定(謎3への答え)

 

2番の歌詞では、再び「もしも」という仮定が繰り返されます。人混みで手を離さなければ。不意に出た言葉を飲み込んでいれば。そして、冒頭と同じく、あの改札で立ち止まらなければ。

しかし、ここでの「もしも」は、1番とは少し違う響きを持ちます。これらの仮定が導き出す結論は、「君はどこにもいやしなくて 僕もここにいなかった」という、決定的な不在です。

つまり、ここでの「もしも」は後悔ではありません。むしろ、数々の選択肢の中で、たったひとつ、君と出会う未来を選び取ったことの奇跡性を噛み締めているのです。あの時、少しでも違う行動をしていたら、この奇跡は起こらなかった。この衝撃も、この痛みも、そしてこの愛も、知ることはなかった。そう思うと、これまでの選択すべてが、この出会いのためにあったのだと肯定せざるを得ない。これは、後悔ではなく、運命の受容であり、感謝なのです。

この「もしも」の繰り返しによる運命の肯定という構造は、Official髭男dismの「Pretender」が描く、叶わないと知りながらも出会ってしまった運命と向き合う姿にも通じるものがあるかもしれません。

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「これが愛だと知った」瞬間(謎2への答え)

 

そして、この楽曲の核心とも言えるフレーズが歌われます。あの日、君が放ったボールが額に当たって倒れる刹那、僕は確かに見た。ネイビーの空を走る飛行機雲を。そして、「これが愛だと知った」。

ここで初めて、あの衝撃的な「プラズマ」の正体が、具体的なエピソードと共に「愛」という言葉で定義されます。

額にボールが当たる、という物理的な衝撃。それは痛みを伴うものです。しかし、その痛みの中で見た光景――どこまでも広がる空と、そこを真っ直ぐに貫く飛行機雲――は、あまりにも美しく、鮮烈だった。この、痛みと美しさが同時に存在する矛盾した感覚こそが、愛の本質であると主人公は直感したのです。

だからこそ、彼はサビで「痣も傷も知らずに」「痛みにすら気づかずに」いたのです。愛という、人生を根底から揺るがすほどの巨大な感情の前では、物理的な痛みなど取るに足らないものだった。むしろ、その痛みこそが、愛を知るためのトリガー(引き金)であり、必要な儀式でさえあったのかもしれません。

何光年も離れていても、君に向かって踏み出した体は止まらない。遠く聞こえる君の声が、新たな光となって自分を導いてくれる。退屈な「銀河の果て」にいた主人公は、今や自らが宇宙の彼方へと飛び出す、能動的な存在へと変貌を遂げたのです。

 

歌詞のここがピカイチ!:「プラズマ」という科学用語で描く愛の衝動

 

この歌詞の最も独創的な点は、恋愛や運命的な出会いという普遍的なテーマを、「プラズマ」という科学用語を用いて表現したことにあるでしょう。通常、愛の衝撃は「稲妻に打たれたよう」などと比喩されますが、「プラズマ」という言葉はそれ以上のスケールと根源性を持っています。それは、世界の物理法則すら変えてしまうような、抗いがたいエネルギーの奔流です。この言葉を選ぶことで、米津玄師さんは、ありきたりなラブソングとは一線を画す、壮大で哲学的な愛の物語を創り上げたのです。

 

モチーフ解釈:「光」が照らし出すもの

 

この歌詞には、様々な「光」が登場します。仰ぎ見た星の輝き、光ってと叫んだ懇願、世界を色づかせた光、目の前をぶち抜くプラズマ、路地裏の流れ星、そしてネイビーの空を走る飛行機雲。

これらの「光」は一貫して、主人公を導き、その世界を変容させる希望の象徴として描かれています。退屈でモノクロだった日常に差し込む一筋の光。それは「君」という存在そのものであり、君がもたらした「愛」という感情の輝きです。主人公は、その光に導かれて閉塞した世界から抜け出し、新たな宇宙へと旅立っていくのです。

出会いによって世界が輝き出すというテーマは、幾田りらさんの「恋風」でも描かれていますが、「Plazma」ではその輝きがより激しく、衝撃的に表現されているのが特徴的ですね。

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他の解釈のパターン

 

 

解釈1:主人公の「内なる革命」を描いた物語

 

この歌詞の「君」を、実在する他者ではなく、主人公自身の内側に生まれた新たな価値観や才能、あるいは「本当の自分」のメタファーとして捉えることも可能です。この解釈では、物語は他者との出会いではなく、自己との対話と覚醒のプロセスを描いたものとなります。「金網を越える」「改札をくぐる」といった行為は、自らが作り出した固定観念や社会的な制約といった殻を破る象徴です。「プラズマ」は、内なる才能や情熱が爆発する、いわば「覚醒」の瞬間の衝撃。そして「君の声」とは、心の奥底から聞こえてくる「本当はこう生きたい」という魂の声なのかもしれません。この場合、この歌は、自分自身と出会い直し、新たな人生を歩み始める決意の歌として読むことができるでしょう。

 

解釈2:クリエイターとしての米津玄師の原体験

 

この歌詞を、米津玄師さん自身の創作活動との出会いや、インスピレーションが生まれる瞬間を描いたものとして解釈することもできます。この視点では、「僕」はクリエイターとしての米津さん自身であり、「君」は「音楽」や「創作」という概念そのものを擬人化した存在と捉えられます。退屈な日常(リノリウムの上)で感じていた閉塞感から、創作の世界(裏門を越えた先)へ足を踏み入れる。そこで出会った「プラズマ」のような衝撃的なインスピレーション。それは、時に「ボールが額に当たる」ような痛みや苦しみを伴うけれど、世界を色鮮やかに変え、宇宙の彼方まで飛んでいけるほどのエネルギーを与えてくれる。この解釈に立つと、この楽曲は、一人の青年が「表現者」として生まれ変わる瞬間の、極めてパーソナルなドキュメントとして、より一層の深みを持って響いてきます。

 

歌詞の中で肯定的なニュアンスで使われている単語・否定的なニュアンスで使われている単語のリスト

 

肯定的

幸せ, 輝き, 光って, 色づいてく, 宇宙, プラズマ, 見蕩れていた, 光年, 声, 流れ星, 愛, 飛行機雲

否定的

知らず, 汚れ, 擦りむいた, 眩暈, 転がり落ちた, 痣, 傷, 粒子, 逃げ惑う鼠, 離さなければ, 飲み込んでいれば, 痛み

 

単語を連ねたストーリーの再描写

 

汚れや傷にまみれた僕の日常に、

君というプラズマの輝きが突き刺さった。

痛みも忘れるほどの愛を知り、世界は色づき、

光る声だけを頼りに、宇宙の彼方へ飛び出していく。

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